Netflixオリジナルアニメシリーズ『攻殻機動隊 SAC_2045』が公開された。自粛要請の折をみて、改めて攻殻機動隊シリーズを見返している。2002年に放映された同シリーズのサブタイトルであり、物語の命題でもある「スタンドアロン・コンプレックス」という事象が、ここに来て急に現実味を帯びて自分の前に現れた。

もちろん、まだ電脳化の技術は確立されていないが、デバイスの発達と情報リテラシーの向上、加えてコロナ禍という要因が重なって、人々の意識が常にネットに接続しているという状況は、もはやSFではなくなった。

ゲームマーケット2020春は中止となった。にも拘わらずネットでは人々が、あたかも開催されたのように振る舞っている。

虚構のイベントを、本来なら孤立しているはずの人々が作り上げていった。誰かに指示されたわけでもなければ、特別な意図があるわけでもなく。ただ一様に、#エアゲムマというタグを添えて、情報の断片が書き込まれてゆく。

ログを辿ると、そこに残されていたのは「4/25から4/26にかけて、どうやらゲムマはあったらしい」という空気だった。

これは一体何なのだろう。この空気こそが、#エアゲムマの正体なのだろうか。

おそらく、ネットのどこかに#エアゲムマを最初に唱えたひとがいて、そのひとがオリジナルなのだろうけれど、そのオリジナルは最初からこんな風に発信されることを予想していただろうか。

同時に、#エアゲムマを発信したひとは、オリジナルの存在をハッキリと意識しただろうか。

もし、どちらの答えもノーだとしたら、#エアゲムマはオリジナルの意図とは無関係に、いわば「オリジナルなきコピー」が繰り返された結果として発生した事象と呼べるのではないだろうか。

孤立した個人(スタンドアロン)でありながらも全体として集団的な行動(コンプレックス)をとること――つまりこの事象は「スタンドアロン・コンプレックス」と呼べるのではないだろうか。

もっとも、もうそんなことはネット上でありふれた日常茶飯であって、今更、平成ゼロ年代のアニメを取り上げて、けったいな名で呼ぶ程の事柄でもないのかもしれないけれど。

#エアゲムマは虚構だがリアルで、それはいずれ現実を超える。例えばWEB会議システムと電子決済システムが連動すれば、「自宅に居ながらゲムマに参加」といった風に、リアル・エアゲムマだってできるようになるだろう。

テーブルトップシミュレーターが今よりもっと広まれば、ボードゲームは質量を失うかもしれない。ひと場所に集まりルールをシェアする必要性はなくなり、ダイスを転がしたり、カードのシャッフルはクリックひとつで済むようになるだろう。

現実はリアルだが、虚構もまたリアルで、もし多くの人が現実よりも虚構をより質の高いリアルとして選ぶとしたら、それまでの現実に求め得た何かは、ただの郷愁に過ぎないのだろうか。