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ブログが停滞気味なので、時にはボドゲと無関係な話題でも書いてみようかと。

芦奈野ひとし氏の代表作「ヨコハマ買い出し紀行」を久しぶりに読み返してみた。

人類が衰退し、やがて文明が終わりを迎える「夕凪の時代」の物語。そこに悲壮感はなく、ただ穏やかな時だけが静かに流れている。ゼロ年代に流行った、いわゆる空気系と呼ばれる作品。事件が起きたり、敵が現れたりすることはなく、ただ淡々と「夕凪の時代」を生きる人々の姿を描いている。

作品の空気感が好きで折を見て読み返すのだが、ここ最近の日本の空気が、なんとなく「ヨコハマ買い出し紀行」に近づいているように感じる(あくまで主観だから、気のせいと言われてしまえば、それまでなのだけれど)。

2年後に迫った東京オリンピックを、はたしてどれだけの人が心待ちにしているだろう。でっち上げたお祭りで、一時的に盛り上がりはするだろう。だけど多くの人は祭りの後、2020年以降のほうが、よっぽど気がかりなんじゃなかろうか。

消費税は上がり、高齢者は増え、人口は減り、自然の脅威は前例がないほどに苛烈さを増す日本。今日び景気が良いと言われているが、法人と呼ばれるひとではない何者かが潤っているらしいというだけで、生活者としての「豊かさ」みたいなもを、その言葉から感じることはない。

そう遠くない未来、日本の人口は1億人を切るといわれている。にもかかわらず、今までと同じやり方では何も変わらないと気付いてしまった時、ひとはどういう態度をとればよいのだろう。

そんな超然としてしまった空気感が、うっすらと日本全体を覆っているような気がするのだ。それでも前向きに生きようとする日々に、そうせざるを得ない日常に、なんというか「もののあわれ」みたいな感情を抱くのだ。

「ヨコハマ買い出し紀行」は、そんな心の陰影をうまく描いているように思う。