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TAVERN・QUEST
待人亭物語

第1話

 王都フォレスタニアの旧市街、木と石とレンガの家々が幾層にも積み重なり、大通りから一歩足を踏み入れれたならば、細く入り組んだ道が待ち受ける。地下道へと通じる階段があるかと思えば、危なっかしい吊り橋が家々に渡されている。
 そんな旧市街に住まうのは、移民に流民に難民、肌の色も使う言葉も違う種々雑多な民草だった。皆誰もが貧乏だったが、町は活気に溢れていた。
 日が昇っている間は市場が、日が暮れてからは酒場が活気づいた。
 待人亭という酒場がある。城壁西門を背に教会通りを抜けて、カンテラ横丁を右に曲がり、しばらく進むと、小さな噴水のある広場に出る。広場を取り囲むように立ち並ぶモルタル壁の建物のひとつがその店--待人亭だった。
 壁には冒険者ギルドの紋章が取り付けられている。扉をくぐると、賑やかな声に迎え入れられる。誰も彼も、酒を片手に語り合っている。腰に剣を提げた者が多い。中には弓を扱う者、杖を持つ者もいる。この店に集う者の多くは冒険者と呼ばれる職能者だった。
 冒険者とは、その名の通り冒険を生業とする者をさす。ひとことに冒険といっても、手紙を届けるといった小間使いから、前人未踏の地に到達するといった偉業まで、その幅は限りなく広かった。冒険者は冒険者ギルドの発行するライセンスを所持しており、そのライセンスがあれば仕事を受けることができた。窓口となるのが冒険者ギルドに加盟する酒場であり、ここ待人亭もそのひとつだった。

 日が暮れて間もなく、店が混み合うにはまだ少し早い時間だった。クロクマと渾名されるずんぐりむっくりの店主がカウンターの内側でグラスを拭いていると、ひとりの来訪者があった。頭からすっぽりローブの頭巾を被り、表情が見えない。
「いらっしゃい」
 クロクマの野太い声に、来訪者はぴくりと肩を震わせた。ローブ越しにも、どことなく身体の線の細さが窺えた。傷ひとつない剣の柄頭を見て、クロクマは思わず鼻を鳴らした。
「こんにちは……」
 来訪者はカウンターの前に立ち、口ごもる。
「エールでいいかい? というか、まずはエールだよな。前金で2コルナだぜ」
 クロクマはぶっきらぼうに言い放つと、グラズにエールを注ぎ始めた。
「いえ……その、僕は……あの、その……」
「どうした。何か言いたいことでもあるのか?」
 しどろもどろになる来訪者をよそに、エールはグラスになみなみと注がれる。
「……し、仕事をし、紹介してくださいっ」
 クロクマがカウンターにグラスを置くのと同時に、来訪者は懐から一枚の札を取り出した。その札はガラス板でできていた。ガラスの中で文字が青白く光っている。冒険者ライセンス証、それは魔法の力で駆動するデバイスだった。
「やっぱりな。お前さん、駆け出しの冒険者か。まずはツラを見せな。そして一杯やるんだ」
 クロクマはライセンスを確認し、顎をしゃくった。来訪者は否応なくスツールに腰を下ろし、おずおずと頭巾を取った。クセのある栗色の髪と、あどけなさの残る顔立ち。不安げな表情は、素直で大人しい性分を暗に言わしめているようだった。
「ハティと言います。養成学校はつい先日卒業しました。エール、頂きます」
 少年は名を名乗り、エールに口を付けた。ひと口飲むと、慣れない味にむせ返ってしまった。
「大丈夫か?」
「はい……」
「何事も経験が大事だ。俺は店主のクロクマ、よろしくな」
「ありがとう。これ、前金の2コルナ」
 ハティが料金を支払おうとするのを、クロクマは制した。
「その一杯は俺のおごりだ。お前さんのことを試したんだ。悪く思わないでくれ」
「そ、そうなんですね。それじゃあ早速、仕事について聞かせて欲しいのですが……」
「待て待て、慌てるなよ」クロクマはハティを制止させるように手を突き出した。「残念だが、お前さんに紹介してやれる仕事はないな」
「……何故ですか」
 目をぱちくりさせるハティに対し、クロクマは鼻を鳴らした。
「何故だろうな。別にお前さんに意地悪してやろうってんじゃないんだ。誰もが最初は通る道さ」
 ハティはもう一口だけエールを飲んで、懐からガラス板のライセンスを取りだした。踊る青白い文字。そこには自らの肖像と名前、そして現在のレベルが示されている。
「……レベル1。つまり僕のレベルが低いから」
「そう。お前さんは冒険者としては駆け出し。仕事を任せられるだけの信用がないのさ。レベルを上げて出直して来な、という訳だ」
 ハティは釈然としなかった。仕事をしなければ経験値は得られない。しかし、仕事を受けさせてくれない、と来ている。
「でも。だったら、どうやって」
「これ以上は言えないな。あとは自分の頭で考えるんだ。ヒントはそうだな……うちの店の名前だ」
 クロクマはそういうと、のそのそとその場を離れていった。
「待人亭」
 ハティは試し呟いてみた。
「待っている人がいる酒場……。待っているのは冒険者たち。どうして彼らは待っているのだろう?」
 エールの酔いが回り始めたのか、身体が熱くなるハティ。ふとした瞬間、ある答えが頭を過ぎった。
「そうか、そういうことか」
 冒険者は冒険者を待っているのだ。ひとりで解決するのが難しい仕事なら、他の誰かと手を組んで挑めば良い。そのための仲間探しが必要なのだ。
「まずは誰かの手伝いをして、経験値を稼ぐんだ」
 そうなれば善は急げ、とハティはスツールから降り立った。残りのエールを飲み干し、クロクマに視線を送った。クロクマは、答えを見つけたハティに微笑み返した。
 店は客が増え始めてている。ハティはあたりを見回した。誰か手助けが必要な冒険者はいないか、と。