第5話 コパロンチネンタル・ホテル
街を東に突っ走ると砂漠に出る。枯れた油田地帯。錆び付いた掘削機とひなびたモーテルとが、窓越しに行き過ぎる。街がオイルラッシュに沸いたのは半世紀も昔の話だ。輝ける黄金時代だった。やがて油田は枯れ、産業も衰退。金をくみ上げ、人々に富をもたらしたこの砂漠も、今では絞り滓しか残っていない。かくして善良なる市民は街を捨て、その代りに悪党が住まうようになった。
そんな砂漠から黄金を掘り当てた男がいる。掘削機に次いで見えて来たのは、煌びやかなネオンサインの数々。ピストルを構えるカウボーイに、セクシーなバニーガール、スペードのジャックとエースを配したカード、キャンディを持ったクラウン。夕日を浴びて、黄金色に輝いている。丘を越えるとそこは享楽の地。七番街だった。
中心に建つのはコパロンチネンタル・ホテル。五つ星を戴く最高級ホテルだ。砂漠のど真ん中に突如として現われたこの街の正体は、世界でも有数のカジノ街だった。
そして、この街に君臨するのが、砂漠から黄金を掘り当てた男、コパロンチーノだった。
「ハロー! メリーアンドリュー」
コパロンチネンタルの最上階。ハンチングに蝶ネクタイ、ベスト姿で出迎えたのはコパロンチーノ本人だった。人懐っこい笑顔で握手を交わす。ハンチングは昔の名残で、彼のトレードマークだった。
「やぁ、元気そうで何より」
部屋は円形で、周囲を水槽に囲まれていた。色鮮やかな熱帯魚が珊瑚の海を泳いでいる。水槽の向こう側には、砂漠に沈む太陽が見えた。
「さて飲み物は何にする?」
「スコッチをダブルで」
「オーケイ。カモーン」
パチリと指を鳴らすなり、ボディコンシャスな服装に身を包む女が現われた。腰の長さまで伸びた黒髪に、むっちりとした脚。ふたりが応接卓のソファに着くなり、慣れた手つきで二杯の酒を作る。際どい胸の谷間が、メリーアンドリューの目の前で揺れている。
「ヘイ、メリー。さっきから鼻の下が伸びきってるぜ。街角のマドンナが恋しいのかい?」
「まあね」
「相変わらずだな、君は。それじゃ乾杯しよう」
ドン・カイシンに――ふたりはそう告げて、グラスを掲げた。
二杯目を空にした所で、本題を切り出した。メリーアンドリューは手紙を差し出すと、コパロンチーノに経緯を話した。
「Let me see」
手紙の封を開け中身を確かめる。便箋、そして例のカード。コパロンチーノはしばし黙り込んだ。これ以上の長居は無用と悟ったメリーアンドリューは、ソファから腰を浮かした。
「それじゃ。そろそろ、お暇させてもらうよ」
「ヘイ、待ってくれメリー。もう少し話さないか」
グラスに酒を注がれ、やむなく腰を落ち着かせる。
「なんだい、コパロンチーノ」
「俺は組織では謂わば興行師という立場だった。カリフォルニア仕込みだ。サーカスだろうが、移動遊園地だろうが、ばっちり決めて来たつもりだ。賭博もいい。格闘技も悪くない。ポルノだって嫌いじゃないぜ。そこで、だ。俺は君に尋ねよう。興行、即ちショービジネスの本質とは何か?」
「……金か?」
「ノーゥ」
コパロンチーノはチッチッチと指を振った。
「ショービジネスの本質とはズバリ夢だ。断じて金儲けではない。意味判るかい?」
メリーアンドリューには正直よく判らなかった。
「あ、ああ」
「市井の民が求めているもの、それは夢なのさ。便利な家電製品や高級ブランド品に夢を抱く時代は終わったんだ。何もかもありふれてしまった。人々は新しい夢を求めている。それは何か――答えはこの街だ。俺はアラビアンナイトを――千の夜を越えても語り尽くせない夢物語を、この街で実現するんだ」
「そ、そうかい」
「だが、ボスには理解してもらえなかった。ボスにとってショービジネスとは金儲けの手段に過ぎなかった。イカサマじみたカジノや、子供だましの見世物ではダメなんだ。客の目はすっかり肥えてしまっている。この世界、本物でないと話にならない」
コパロンチーノは封筒の中からカードを取り出し、その裏面を見せた。
「俺はボスが大好きだった。だが、ボスの考え方は古かった」
「なるほどな」
「メリー、俺の心臓は赤い。俺は革新派なんだ」
メリーアンドリューはカードがベストのポケットに納まるのを見届けた。
「仲良く出来るかもしれない、とだけ言っておこう」
コパロンチーノはしばし相手の目を見つめた後、ニヤリとした。
「オーケィ、グッドボーイ。よく言ってくれた。お礼に面白いものを見せてあげよう」
コパロンチーノはソファを立つと、部屋の中央に佇んだ。パチリと指を鳴らすと、部屋中の照明が落ちて真っ暗になった。
「イッツショータイム!」
照明が着くと、部屋の様子が違っていた。水槽の向こう側に見えるのは、砂漠の風景などではなく、大観衆に見守られたギラギラと輝く闘技場だった。
「レディース・エン・ジェントルマン。ウェルカムトゥザ、ドゥーム!」
部屋に居るコパロンチーノの姿が、闘技場の巨大モニターに映し出されている。だが、映像の彼は煌びやかなスーツを着ている。どうやらCGを用いた演出らしい。発した言葉はそのまま拡声され闘技場に響き渡る。観衆はコパロンチーノの登場に大いに沸いている。
「ドゥームという地下格闘技イベントさ」
「地下格闘技?」
「端的に言えば古代ローマのコロッセオ。つまり、異種格闘技によるデスマッチさ。今宵の対戦は好カードでね、客の入りがいい」
メリーアンドリューは窓際まで歩み寄った。眼下に広がる闘技場。六角形リング。派手なファンファーレと煌めく電飾。吹き出るスモークと共に登場した男に目を見張った。あの男は――。
「ギャングからの刺客、生粋の戦士!」
隆々たる筋肉に包まれた男。短く刈った黒髪にサイバー調のサングラス、革の指ぬきグローブ。男はふと視線を感じたのか見上げる。目が合った。
「久し振りだな。メリーアンドリュー」
ドゥームに現われた戦士。それはイッシーノだった。
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