ギャンパラ小説表紙

第3話 ジャンゴ&カムコ・カムラッツィ

 荒廃の進んだ旧市街地。再開発の目処の立たぬまま、放置されたた街。風化する廃ビル。ひび割れたアスファルト。半ばスクラップと化した車が至る所に止っている。都市の吹きだまり。そこに住まうのは流浪の民か、罰を逃れた罪人か。
 無法地帯――ここ五番街に関する、ごく散文的な所見を述べるなら、そんな言葉がしっくり来る。
 やれやれ、とメリーアンドリューは肩を竦めた。足を踏み入れた途端に感じる刺すような視線。スリ師共が、自らのテリトリーに入ったカモを品定めしているのだ。車を安全な場所に停めておいて良かった。こんな場所に車で来ていたら、それこそカモがネギでなんとやら、だ。
 街角で煙草を吹かしていたアジア系に知らぬ素振りで近づき、一発くれてやる。チャオとか、オラとか、プリヴィエートみたいなものだ。軽く挨拶を済ませ、メリーアンドリューは本題に入った。
「それで、ジャンゴはどこだ」
「ジャンゴ? そんな奴知らねぇな。いや、そんな奴なら、どこにでもいるぜ」
「俺が知りたいジャンゴはただひとりだ」
「だから知らねぇって!」
 拳を振り上げ、腫れ上がった頬に叩き込む。
「もう一度聞こう。ジャンゴはどこだ」

 同じ頃、ジャンゴは瓦礫の上に座っていた。そこは四方をビルに囲まれた場所で、ちょうど広場のような空間だった。ビルの壁を背に男がひとり立っている。男を取り囲むようにギャングスタが肩を並べ、彼らを見下ろすように少し高い位置に居るのがジャンゴだった。
 ジャンゴは飾り気のない男だった。黒い髪にすらりと伸びた四肢。黒で統一された服装は、そこはかとない知性を感じさせた。右の手は十字架を象ったダガーナイフ、左の手には古びた聖書。ともすると若い神父のようにも見えた。だが、彼をその印象から遠ざける要因は、他ならぬ彼自身にあった。氷のような目をしていた。その瞳は感情の一切を映さない。それは神に背く者の目だった。
「待ってくれ、ジャンゴ。これにはちゃんとした理由があるんだ。まずは俺の話を聞いてくれ……」
 壁際の男が声を上げる。身なりこそ良いが、貧相な顔つきの男だった。ギャングスタ達はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「なぁジャンゴ、お前なら判るだろ。こいつは金になるんだよ。良い商売なんだ。だからほら、お前にも教えてやりたかったのさ!」
「やいやいやい。テメェ、都合のいいことばかり並べ立てやがって。そもそも、誰の許しを得て俺らのシマで商売していやがんだ、この野郎!」
 ギャングスタの中で一際、威勢のいい男がいた。白いハットに黒のサングラス。胸元を大きく開けた純白のドレスシャツを着、蛇革の細身のパンツ、そしてウェスタンブーツ。
「テメェみてぇな奴はぁな。たとえお天道様が許しても、このカムコ・カムラッツィ様が許しはしねぇぜ」
 カムコは腰のホルスターからリボルバーを取り出し、構える。
「……やめろカムコ」
 ダガーを聖書に挟み、ジャンゴは立ち上がった。ゆったりとした足取りで瓦礫を下り、ギャングスタの前に出た。
「よう。お前なら判ってくれると思ったよ。こいつは『ジンロウ』ってんだ。こいつさえあればお前も百人力だぜ。何しろ人間の身体能力を何十倍にもしてくれるんだからな。こいつを打てば、次の日からでもオリンピックに出場できるぜ」
 男がポケットから取り出したのは溶液の入った注射器だった。ジャンゴはそれを受け取り、日の光に翳した。溶液は薄いピンクに色付いていた。
「それで」
「ジャンゴ、俺と組んで一山当てようぜ。ドン・カイシンが死んで一ヶ月。気の早い連中は、これから始まる戦争の準備で大忙しだ。そこで、こいつの出番というわけだ。こいつは間違いなく儲かる。掛けてもいいぜ」
「これを、どこで仕入れた」
「悪いが、そいつは言えねぇな。この商売にも仁義ってもんがあるんだ。判ってくれや」
 ジャンゴの目が光った。
「いいだろう。この『ジンロウ』俺のシマで扱ってもいいぞ」
 男が喜ぶのも束の間、ジャンゴはすかさず注射器を振りかぶり、男の首筋めがけて突き刺した。
「ただし、俺を殺すことができたなら」
「ちょ、お前……何しやがる……うぐ、ぐぐぐ」 
 注射器のポンプを押し込むと、男は泡を吹いて、その場に崩れ落ちた。

 広場は歓声に包まれていた。今まさに、ジャンゴ対売人のデスマッチが繰り広げられている。
「うぼぉおあああ!!」
 ジャンゴに『ジンロウ』を打たれた売人は、すでに人語が理解できる状態ではなかった。眼は白濁し、鼻から口から、汚らしい粘液を垂れ流している。身体中の筋肉が何倍にも膨張し、耐えきれなかった服はおろか、皮膚までもが裂けている。手も野球のミットのようで、これでは銃も握れない。だが、その拳から繰り出されるパンチは凄まじかった。ジャンゴがスウェイで躱した拳は、ビルの外壁を直撃し、コンクリートを窪ませるほどの威力を備えていた。
「てめぇ、コノ野郎」
 射撃にも強かった。カムコ・カムラッティが撃った弾丸は三八口径。並の人間なら致命傷は免れない。しかし『ジンロウ』によって強化された肉体には、まるで効果がなかった。発達した筋肉がボディアーマーのように弾丸を受け止め、ダメージを限りなく軽減していた。
「逃げろ! カムコ!」
 ギャングスタの群がりに突進する男。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うギャングスタ達。ジャンゴは聖書からダガーナイフを抜き、男に向かって投げつけた。刃は背中に突き刺さる。
「こっちだ、『ジンロウ』売り。かかってこいよ」
 振り向く男。ジャンゴは、ジャケットの内側に隠し持つ無数のダガーナイフを取り、構える。次の一瞬で、勝負が決まるだろう。無表情だったジャンゴが微かに笑った。
 そして――。