ギャンパラ小説表紙

第1話 運び屋への手紙

 ボスの死から一ヶ月が経った。ドン・カイシン。この街の支配者だった男の名前。病死とされているが確証はない。病死を装った殺人。敵対勢力からの報復か、あるいは仲間の裏切りか……ボスの死因に関する憶測は、挙げればきりがなかった。何しろこの街は、悪徳の蔓延る街。ギャングスターパラダイスと呼ばれる街なのだから。
 ただひとつ確かなことは、今現在この街の実質的な支配者が不在ということだった。ボスの死から一ヶ月。街はボスの死を悼むかのように静まり返っていた。夜ごと繰り返される強盗や殺人の類いも、ここ一ヶ月ばかりはただの一件も起きていない。汚職警官どもが制服にアイロンを当てるくらい、この街はまともだった。
 だがそれは嵐の前の静けさというもの。空席となったボスの座を虎視眈々と狙う者が、すでに水面下で動き出している、と人々は噂する。いつかのタイミングで抗争も勃発するだろう、と。
 
 繁華街の外れ、古びた雑居ビルが立ち並ぶ、うらぶれたエリアにその店はあった。バー・ジャックポット。ドン・カイシンの幹部のひとり、メリーアンドリューの店であり、根城だった。運び屋の腕を買われ、組織の収入源たる禁制品の物流を管理し、幹部に上り詰めた男だった。バーの二階が事務所で、今現在も書類の山やら鳴り止まない電話と格闘している。ボスが不在でも、幹部によって組織の運営は続いている。よれよれのスーツに、無精髭、ちぢれた毛をオールバックに撫で付けた、どこか中間管理職じみた雰囲気の男だった。
「畜生! ボスが死んだ途端に、どいつもこいつも手のひら返しやがって!」
 ガチャンと受話器を置くなり、声を上げ、机を叩いた。山積みの書類が机から舞い落ちる。ボスの死の影響は大きかった。かつてのように仕事がうまく立ち行かなかない。メリーアンドリューは苛立ち紛れに机の酒瓶を取り、曇ったロックグラスに注ぎ、一息に煽った。
「社長、あの……」
 ノックの後、事務所に入室する男があった。下のバーで働かせている若いギャングスタのひとりだった。
「なんだ」
「それが、その……社長宛の郵便物が届きまして」
 あからさまに不機嫌そうなメリーアンドリューに、男はおずおずと近寄り、手にした小包を渡した。
「俺宛に?」
 メリーアンドリューは怪訝そうに小包を見、そして言葉を失った。
 
「し、失礼します」
 事務所の扉が閉まるのを確認し、メリーアンドリューは改めて小包を見た。差出人の名前はない。だが、ボスの幹部であれば一目で判る印があった。ドン・カイシンのイニシャルを象った蝋のスタンプが押されている。メリーアンドリューは恐る恐る小包を開いた。中には十三通の封筒が入っていた。それぞれに宛名が印されている。
「ズン・アミカポネ、ミクミーナ、コパロンチーノ、ジャンゴ、ライフンヌ、エコッティ、イッシーノ、ビッグハッピー、シンドゥー、ユミツカヤ、ユリコ、カムコ・カムラッツィ、そしてメリーアンドリュー……」
 十三通の封筒に印された名前。それは、かつてボスに仕えた十三人の幹部の名前だった。メリーアンドリューは自らに宛てられた封筒を開いた。中には一通の手紙、そして一枚のカードが入っていた。メリーアンドリューはまず手紙に目を通した。
 
――この手紙が諸君らの元に届く頃には、私に関する忌服も明けていることであろう。親愛なる十三人の部下たちよ。私の跡目を担う者よ。ボスの座に着き、この街の覇権を手中に収めたければ、次の三つの力のうち、どれかひとつを手に入れたまえ。即ち、金の力、人徳の力、偉人たちの力。いずれかを手に入れた者こそが次のボスに相応しい。だが、我が部下の中には、組織を裏切らんとする者もいると漏れ聞く。私の築き挙げた組織が裏切り者の手によって粉砕されるのは、とても悲しいものだ。だが、それでいい。それでこそギャングだ。
親愛なる我がギャング達よ。戦いの火蓋は私が切ろう。
存分に戦い給え。諸君らの奮闘に期待する。

追伸 この手紙は運び屋のメリーアンドリューに届けさせよう。諸君らの消息を探るには彼が適任だろうからな。
ドン・カイシン――

 メリーアンドリューは手紙に目を通した後、同封されていたカードを手にした。
「ボスには全てお見通し、という訳か」
 そのカードには心臓の絵が描かれていた。幹部同士でも組織に対する考え方は違っていた。メリーアンドリューは、かつてボスが口にした言葉を思い出した。
「赤い心臓を持つものは革新派。青い心臓を持つものは保守派。黒い心臓を持つものは裏切り者。灰色の心臓を持つものは共謀者。紫色の心臓を持つものは臆病者……」
 十三通全てに手紙とカードが入っているはずだった。カードには心臓の絵柄。ただし、それが何色なのかは、本人しか知り得ない情報。それらをメリーアンドリューは配らなくてはならなかった。
「やれやれ……とんだ大役を仰せつかったな」
 メリーアンドリューはため息をひとつ。だが、先程までの不機嫌は消えていた。それ以上に今は晴れ晴れとした気分だった。テスクの引き出しから銃を取り、立ち上がった。ブリーフケースに手紙の束を詰め、ジャケットを引っつかみ、バーへと降りていった。
「社長、どちらへ?」
「仕事だよ。運び屋のね」
「運び屋ですって? それなら俺が……」
「お前には無理な仕事さ。それよりも店を任せたぜ」
 メリーアンドリューはそう言い残すなり、店を後にした。